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伊藤健太郎さんの『現場立ち去り』について

更新日:2021年2月10日


伊藤健太郎さんがいったん現場を立ち去ったことは

2択総研がTwitter上で行った集計 では

『一切、理解出来ない』        47% 許されないが、理解が及ぶ余地はある』 53%

となりました。 


<総投票数>3,003票 <投票期間>2020年10月29日~10月31日





当トピックスは、俳優の伊藤健太郎容疑者が自動車運転処罰法違反(過失致傷)道路交通法違反(ひき逃げ)の疑いで逮捕されたという、大きな話題となった報道の初期段階、まだ事件の詳細が不透明な段階で出題しました。



リプライでいただいた声をいくつか紹介いたします。※要約や一部抜粋の場合あり


『一切、理解出来ない』派コメント

逃げた行為を非難する声
「幾ら何でも、こりゃあダメでしょう」
「あまりにも卑劣な感じがする」
「絶対逃げてはダメ」
「逃げるとか最低」
「立派なひき逃げ」
「仕方なく現場に戻ったんでしょ。こういうところに人間の性根が出る」
「どんな理由があっても人として、おかしいと思います」
「かわいそうだが、擁護する余地は無い 立ち直りに期待するしかないですね」
「もし事故によるパニックで逃げ出してしまったのなら、もうクルマを運転する資格は無いです。 それだけの教育と自制心を持った人にだけ、運転免許証は与えられているはずです。」

救護義務違反を指摘する声
「衝突事故を起こしたと認識しているのだから、その場で救急車を呼ぶべき。」
「事故をして救護義務を怠ったなら大問題だな 」
「立ち去ると救護義務違反です」
「まず負傷者の有無の確認と救出・通報が優先されると存じます。」
「人身事故までなら『過失』で済むのに逃げたら故意犯で言い訳もできない」

芸能人としての姿勢について
「23歳でチヤホヤされて何か勘違いしてるんだろう。」
「多くのファンに支えられてこその有名人であり俳優もやれてる事の自覚と認識が欠けてたんやろな。」
「芸能人でも一般人でも車に乗る以上、責任ある行動をしないと。」

許されないが、理解が及ぶ余地はある』派コメント

パニックになる心情は理解する声
わかりません いざ自分がなったらアタフタするかも
「パニクる事は誰にでもあると思う」
「ご本人は 相当焦ったと思います。 追尾した方の言葉で 我に返ったのかな? 今頃は 自責の念に駆られていらっしゃると思う」
「事故起こしたらパニックになるんだろうなっていう理解はできる。だからこそこのようなことがあると今一度自分が事故自体に気をつけよう、そして万が一事故を起こしたらそこで止まる決断をしようって思う。」
「人間は弱い。 理解が及ぶ余地はあります。 しかし、だからこそ、 理性と責任をもって 対応すべきなのです。 理解はしますが、 だからと言って 逃げていいなんて事は ありません。」
「一瞬逃げたくなる気持ちは理解できるが、罪は重くなる。それだけ。」
「恐くなってパニックになる気持ちはよく分かる でも、絶対に逃げちゃ駄目だし接触相手を救護しないと」
「人身事故は気が動転するのは分かるが救急車くらいは連絡するべき。」
「理解出来るのと罪は違うからね。 救護せずその場を離れたらひき逃げ。」
「事故を起こしたら動揺するよね。逃げてしまう気持ちも分からんでもない。でも逃げてなければこれ程大事にならず、ただの人身事故で済んだのに本当に残念。」
「気持ちの部分だけなら理解できるがとっさの行動としては全く理解できない」
「自分が当事者になった時に分かります、立派な事を仰ってももっと酷い行動をとるかも知れませんし正しい行動を選ぶかも知れません。」

自身の体験を交えた声
「私も昔事故に遭い、相手はパニックになって家が近かったらしくご主人を連れて戻ってきました。 これも一旦現場を離れたからひき逃げになるんですかね… 私は無傷でしたが、一瞬逃げられた!って思いました。」
「事故は偶発的に起こるものだし、バイクの2人乗りはバランス悪いので、オレ自身もバイクと接触しそうになった事は数しれない。 救護して、救急と警察に通報すればいい話」

伊藤容疑者の重責を慮る声
「今の自分の立場なら当然すぐに止まって通報するけど、伊藤くんは23歳にして休みなく働いて数十億を動かす人間だから、普通の人間の責任を超越してる。 一般人の物差しで批判はできないわ。」


筆者見解

筆者の立場

私は、伊藤健太郎容疑者のファンか/ファンじゃないか、に大別するとファンです。コアなファンではありませんが、原作の漫画が好きだった理由からTVドラマ『今日から俺は』を見てハマり、そのドラマ内での伊藤容疑者の役どころも好きでした。劇場版『今日から俺は』も観に行き、「続編があれば、また見たいな」と思っていたので、伊藤容疑者の今後の活躍を楽しみにしていたとも言えます。


当ブログの主旨

しかし、当ブログの主旨は、伊藤容疑者擁護ではありません。伊藤容疑者叩きでもありません。我々が同様の状況に遭遇した際に、同じ過ちをしないための備えを得ることが、当ブログの主旨です。


3分間の代償

伊藤容疑者が、「事故後、いったん現場を離れ、後続車の説得に諭されて現場に戻るまでに経過した時間」はおよそ3分だったそうです。多くの人が指摘している様に、伊藤容疑者が、もしも接触後に立ち去らず被害者の救護をしていれば、顛末は全く違うものになっていたはずで、このわずか3分間の誤った行動によって、伊藤容疑者は大きな代償を払うことになるでしょう(※最も被害を受けたのは当然に被害者ですが、ここでは加害者の失うものを基準に論じています)。


論点は人間性?

私は事件の原因を「人間性の問題」「モラルの欠如」に委ねるべきではないと思っています。何故なら、原因を人間性やモラルに委ねてしまうと、同様の場面に我々が直面した時に正しく対処できるかどうかは、属人ベースになってしまい、具体的な打開策を見い出せないからです。

さらに、当出題結果では『理解が及ぶ余地はある』が過半数の53%でした。「パニックになってしまうこと」「逃げだしたくなる気持ち」自体は、分かる人も多いということでしょう(だからといって、「実際に逃げたこと」を肯定している声は一つもありませんでしたが)。


実際に状況を想像してみる

実際に状況を想像してみます。車のドライバーがUターンをした際にバイクと接触したとします。接触直後に停車するためには、接触現場から30m以内に停車することが望ましいでしょう。そのためには、接触から2秒前後で停車を実行しなくてはなりません。

ただし、停車を実行するためには、例えば以下の様な情報の処理が必要です。

①バイクと接触した事実を認識

②自車や後続車などの交通状況の確認

③停車をするべきか否かの判断

④停車場所の確保

パニックに襲われていることは容易に想像できます。様々な葛藤が頭を駆け巡るでしょう。「あれ?ぶつかったかな?」と接触した事実から目を背けたり、交通状況が把握出来ずとりあえず現状維持の前進を続けたり、そして何より停車するという決断にいたれないこともあるかもしれません。頭の中で2秒数えてみてください。2秒で①~④を正しく実行できると断言できるでしょうか?(実行するべきですが)

しかし、2秒以内に停車せずに走行を続けていると、あっという間に現場から50~100m離れていることになります。すると今度は「このまま立ち去っても大丈夫なんじゃないか?」だったり「ここまで来てしまったら今さら戻れない」あるいは「大した接触じゃなかったし、問題ないだろう」という思考に駆られてしまうこともあるかもしれません。これは明確な過ちですが、最初にすぐ停車出来ず、刻一刻と現場から遠ざかっている負い目が、自身の思考を誤った方向に引きずり込んでいる面もある様に思います。要は、後手が後手を生む負の連鎖ですね。


本来の自分を見失うことも

上記の判断プロセスはあくまで想像ですが、どんな理由であれひき逃げはひき逃げであり、擁護出来るものではありません。ただ、理解出来得る余地があるとすれば、私自身がこれまでに、すぐに正しい判断を出来ずに、そのままズルズルと思考の迷路にハマり、気づいたら戻れないところにいた経験があるからです。当出題結果で『理解が及ぶ余地がある』が過半数だったことも、そういった経験を多くの人が人生で一度や二度はしていることの表れではと推測します。

もちろん、常に正しい決断を瞬時に行動に移せる人もいます。そういった人はきっと、いじめを見過ごさなかったり、通りすがりに助けが必要な人を見かけたら躊躇せず助けられる人でしょう。反射的に他人のために行動できる人は、接触現場でもきっと2秒で停車できるだろうと思います。ただ、その様に行動出来る人は多くはないはずです。

また、第三者を助けるほどの行動力はなくても、自分の運転によって直節被害を受けた人であれば迷わず救護する、ことは多くの人が持ち合わせている道徳心だと思います。被害者への誠意を行動に移せなかったのは紛れもない事実で、そんな伊藤容疑者の行動や結果に対して大きな批判を受けるのは当然だとも思います。しかし、その責めを「人間性」にまで持っていくべきではないと考えます。人は、本来の自分、こうありたい自分からはみ出してしまうことがあるからです。パニック状態ならなおさらです。

繰り返しますが、責めるべきではないという主張ではありません。責められて然るべきですし、自身の行動の責任は取る必要があります。ただ、人格の否定にまでいくことは、問題の本質を見失い、我々自身が得られる教訓をも放棄する危険性を感じます。


伊藤容疑者に不足していたのは『備え』

私が考える、伊藤容疑者に不足していたものは『備え』です。

・運転している以上、常に人身事故を起こすことはあり得るという心構え

・人身事故を起こした場合は、即座に停車し、救護や事故対応に当たるという心構え

これらの心構えを日頃から備えていれば、人間性の出る幕はありません。考えるより先に、有無も言わず停車すれば良いのです。


道路交通法第72条

なお、道交法72条では、交通事故があった際の運転者(やその他乗務員)に以下を課しています。

(1)直ちに車両等の運転を停止
(2)負傷者を救護
(3)道路における危険を防止する等必要な措置を講じる
(4)直ちに警察官に報告

上記4項目は、そもそも運転する者は皆備えておかなくてはいけないことです。しかし、私自身も含め、意識下から抜けている人も多いでしょう。それは即ち、同様の状況で同じ行動を取り得るということだと思います。今回の大きな報道をきっかけに、全ての運転者が改めて上記4項目を再認識することは、悪いことではないでしょう。



最後に

「備えがない時にこそ人間性が出る」「備えがなければひき逃げを起こしても良いのか?」「被害者が亡くなっていても同じことが言えるか?」そんな声もあるかもしれません。しかし、ストーリーを拡大解釈せずに、実際にありのままの犯した罪に対して、相応の処分が下されれば良いと私は思います。

もし伊藤容疑者が復帰し、『今日から俺は』の続編などに出ることがあれば、私は見ようと思います。然るべき処分を課された後のセカンドチャンスを奪うほどの罪ではないと考えているからです。


※当コラムでは言及しませんでしたが、被害者の方が早期に回復されることを願っております。



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