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『安藤なつ』さんの謝罪は必要だったか?

更新日:2021年2月10日


安藤なつさんが謝る必要は?

2択総研がTwitter上で行った集計 では

『ない』97.8% 『ある』 2.2%

となりました。 

<総投票数>4,867票 <投票期間>2020年9月21日~9月24日





9月20日にTBSで放送された「バナナマンのせっかくグルメ!!」にて、メイプル超合金安藤なつさんが日向坂46佐々木美玲さん、丹生明里さんと3人で、千葉・銚子の寿司店を訪ね、名物の「プリンのような伊達巻き」を紹介するコーナーで、残り1人前しかなく、じゃんけんで勝った安藤さんが一人で食べたところ、ネット上では「3等分しろよ」「なんで一人で食うかな」などとする批判コメントが安藤さんのツイッターや、番組公式ツイッターにみられ、同日に安藤さんが自身のツイッターで謝罪にいたりました。当出題のテーマは、「安藤さんは謝る必要があったか?」です。


メイプル超合金安藤なつさんの謝罪ツイート



まずはリプライでいただいた声をいくつか紹介いたします。※要約や一部抜粋の場合あり


『謝る必要はない』派コメント

~テレビの企画・演出だという声~
「企画じゃん」
「そもそも演出じゃん」
「普通に一人前しかなく、一人勝ちして食べただけ」
「演出を楽しめないなんて!」
「はぁ๛(ー́ωー̀ ) 台本がある事を知らんのか? 馬鹿か?」
「企画なんだから 彼女は割りと少食なの知らないの?」

~批判が理解出来ないという声~
なぜ騒ぐのか分からない
いや逆になんで謝らんといかんの?
(非難の)意味が分からない。ゆとり教育の影響かな?

~一人前のシェアは難しいという声~
「一人前を美しくシェアするのは難しい。 当然の判断」
「寿司一貫を三等分するのも変だし」
「1人分しかないのにどうやって分けろと? 馬鹿みたい。」

~強いて言えば制作側の問題だとする声~
「 そういうゲーム 強いて言えば企画立てたやつが嫌な奴なんじゃない」
「もし謝る必要があったとしても、謝るべきは演者の安藤さんではなく、製作サイドの責任者だと思う。」

~勝者・敗者は待遇が違って当然とする声~
「ジャンケンで勝ったならいいだろw」
「勝った人が食べられるルールでしょ 分けたら面白くないだろう」
「敗者には何も与えるなが勝負の鉄則」
「敗者は失うっ!それをねじ曲げたらなにがなにやらわからない 負けを受け入れることが敗者の誇り」

~批判者を相手にするべきではないという声~
「こう言うのは相手にするからつけ上がる。 無視が一番。」
「非難するのは一部の人間。謝るとそいつらが図に乗るからほっとけばいい。」
「ネタを本気にとらえる哀れな人達が敏感に反応する。 バラエティーだよ分かってますかーwww」

~批判者は本当のファンとは言えないという声~
「(本当の)ファンの方は非難してないかと。」
「この行為がファンに対する偏見につながることに気づけと言いたい。」

~謝罪の風潮に疑問の声~
「取り敢えず謝っとこみたいな(風潮)が気持ち悪い。」

『謝る必要がある』派コメント


特にコメントはありませんでした。



筆者見解

該当放映シーンについては、私も後追いで一連のやり取りを視ましたが、日向坂46のお二人、決して恨めしそうであったり被害者の様な雰囲気はなく、むしろ安藤なつさんと3人で番組を盛り上げるべく良いリアクションをしている印象を受けました。


私の個人的印象は置いておいたとしても、上記結果やコメントからも、この件についてはほとんどの人が『謝る必要がない』と考えていて、元々のテーマについての議論の余地は、もはやこれ以上ない印象です。


ただし、社会的な問題となっている『誹謗中傷とそれが巻き起こす悲劇』も、今回の安藤なつさんの問題も、本質的な問題の温床は同じだと感じます。たまたま今回は演出が過激ではなかったので大事にはいたりませんでしたが、もし演出が過激であればより大きな誹謗中傷が巻き起こり、大事に至っていた可能性がないとは言い切れないのではと危惧します。


で、あるならば、今回の事例についても、大事にいたる事例と同様の問題が内在していると考え、かつ複雑な背景のない当事例の方が論点がシンプルであるがゆえに、問題点を浮き彫りにし易いというメリットもあると判断し、以下4点を考察します。


(1)演者の謝罪について

(2)演者を守るために制作サイドに何が出来る?

(3)問題は演出?誹謗中傷者?

(4)エンターテイメントの視聴者に求められるリテラシー



(1)演者の謝罪について

これは件のTwitter謝罪投稿から3日後に、安藤さんがラジオ番組に出演した際に言っていたことですが、冷静に後で振り返ると、謝罪したことで番組や日向坂46のお二人などたくさんの方に迷惑をかけたと反省したそうですが、謝罪当時は様々な批判に、とりわけ子供が見てたらどうするんですか!」という安藤さんのSNSへのダイレクトメッセージに考えさせられ、「自分が間違ってたんだ!って、すみません!ってテンションになってしまった」そうです。


今回安藤さんは、謝罪方法として「自身のTwitterで謝罪を投稿」という手段を取りましたが、状況や誹謗中傷の度合いによっては謝罪方法が「自らの命を絶つ」という選択肢を取ることに、私は何の違和感も覚えません。安藤さんも「(冷静じゃない)テンションになってしまった」と語っている様に、より強い誹謗中傷に晒されたタレントさんが、冷静じゃない状態で最悪の判断をすることは、とても悲しいことですが起こり得ると考えます。従いまして、作品における責任を演者が謝罪する(=演者が責任を背負う)という状況は、絶対に成立させてはならないと感じます。安藤なつさんにも、恋愛バラエティーの演者にも、全てのエンターテイメントの演者に等しく思います。



(2)演者を守るために制作サイドに何が出来る?

結論から言うと、ほとんど何も出来ないと思います。例えば今回、批判が起こる前に、番組や日向坂46のお二人が、「該当シーンは演出です。安藤さんに責任はありません」と表明していたら、安藤さんへの批判は軽減されたでしょう。しかし、そんな番組には多くの視聴者は興ざめするのではないでしょうか?注意書きにまみれたエンターテイメントに未来はないと思います。


制作サイドに出来ることはただ一つ、常日頃から「作品における批判は、全て作品全体の責任であり、個人が背負い込む必要は一切ない」ということを、演者に心から信じさせることではないでしょうか?また事務所など演者の周囲の方も、同様に精神面でのケアこそが、タレントを預かる上で最も重要な役割だと感じます。



(3)問題は演出?誹謗中傷者?

誹謗中傷による悲劇が起きた時、演出が過激であればあるほど、(誹謗中傷者だけではなく)演出自体の是非も問われやすくなります。次第に、誹謗中傷者が悪いのか?演出が悪いのか?、と問題の発端を見失った議論にすらなります。


そういう意味で、むしろ今回の様に、そこまで演出が過激でない事例の方が、問題の本質をあぶり出せていると感じます。今回の安藤さんの一件は、演出は大したことではないにも関わらず、誹謗中傷が起きています。これは、(当たり前ですが)誹謗中傷は、誹謗中傷者の存在によって引き起こされているのであって、演出が巻き起こしているのではないことを証明しています。過激な、扇動的な演出が誹謗中傷を過熱させることはあったとしても、演出が誹謗中傷の本質的な問題ではありません。絶対に見失ってはいけないのは、誹謗中傷者が誹謗中傷を起こしているという事実です。



(4)エンターテイメントの視聴者に求められるリテラシー

先日最終回を終えたドラマ「半沢直樹」において、あの憎々しさを過剰に演じた幹事長:柄本明さんに対して誹謗中傷の声が出てくるでしょうか?素晴らしい演技だと絶賛する声がほとんどだと思います。エンターテイメントとは視聴者に脱日常をさせ、感情移入を促し、娯楽を提供することなはずです。そういう意味で、視聴者の心に訴えかければ訴えかけるほど演出としては成功のはずですし、柄本さんの過剰なまでに感情移入させる不愉快な演技は素晴らしかったのです。


それが翻って、バラエティーや恋愛バラエティーだと、過剰な演出に対し、途端に誹謗中傷が横行します(ごく少数の一部の視聴者に限ってですが)。何故か?答えはドラマでは保てているエンタメとの距離感を、バラエティーでは見失っているからです。「ドラマは役名で役を演じている。バラエティーは実名で素の人格を映している」「ドキュメンタリーを謳うバラエティーもある」という声もあるかもしれません。しかしそれは、バラエティーとの距離感を見誤っています。バラエティーもドラマと同じく、テレビ(やスクリーン・舞台)の向こうにあるエンターテイメントです。


もちろん、ドラマでも演技が下手であれば批判されることはあります。しかし、作品や演出に由来する批判に、人格を攻撃する正当性はどこにもないはずです。それはバラエティーでも同じでしょう。もし100歩譲って、(それは間違っていると思いますが)バラエティーの演者を生身の人間として評価するのなら、友人や家族にするのと同じように自身も実名で、生身の人間として現実世界に耐えうる作法で批評を行うべきであり、いずれにせよ、人格を攻撃する正当性はどこにもない点では同じです。


エンターテイメントを視聴するということは、エンターテイメントとの距離感を適切に保つ最低限のリテラシーをもつことが必要だと思います。


結論、誹謗中傷はやめましょう。

※ただし、一部のバラエティーの、視聴者の怒りを現実世界に誘発する様な過剰な演出を肯定しているわけではありません。



最後に

ここまで「人」について考察しましたが、「SNS」も誹謗中傷に大きく関わっています。実際のところほとんどの人は安易な批判や誹謗中傷を否定していて、誹謗中傷をしているのはごく一部の人でしょう。SNSは誰とでも瞬時に気軽にコミュニケーションが取れる素晴らしく便利なツールですが、ごく少数の声をあたかもみんなの声の様に見せる負の側面が、誹謗中傷を凶悪化させています。


この問題は、誹謗中傷者のリテラシーが向上するかSNSが規制されるかでしか解決しないでしょう。つまり、この問題は他人事ではなく、SNSユーザー全員にとって、深く関わっている問題でもあります。もちろん、不幸な結末を防ぐことが最重要であることは言うまでもありません。



出題ツイートはこちら


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